はじめに
私は、人と会話をするのが苦手だ。そう感じながら日々を過ごしている。
しかし、どうやら私と同じように、人との会話やコミュニケーションを苦手としている人は少なくないようだ。
単に「会話が苦手」というだけならまだしも、仕事や学校では、ちょっとしたコミュニケーションのすれ違いから失敗につながったり、ときには理不尽に叱責されたり、相手との関係が悪くなってしまったりすることもある。
「そんなつもりで言ったわけではないのに、なぜ伝わらなかったのだろう」
「なぜ人と人との間には、すれ違いが起きてしまうのだろう」
今回は、人間関係やコミュニケーションが難しいと感じる理由について、私自身の経験や考えも交えながら考えてみたい。

ぼくらは共同体
私たちは人と関わらずには生きられない
私たちは、社会という共同体の中で生活している。
家族、友人、学校、職場など、生きていくうえで他者との関わりを完全になくすことは難しい。だからこそ、「できれば人に嫌われたくない」「周りの人から受け入れられたい」「誰かに必要とされたい」と思うことも自然なことなのではないだろうか。
しかし、人にはそれぞれ異なる性格や価値観がある。自分では相手を大切にしているつもりでも、言葉の選び方一つですれ違うこともあれば、何気ない行動から誤解されることもある。
では、どうすれば人に嫌われないのだろうか。
私は、すべての人から嫌われないようにすることは不可能なのではないかと思う。
どれだけ誠実に接していても、考え方や相性の違いから自分を好まない人はいるだろう。反対に、自分の不器用な部分も含めて受け入れてくれる人もいるかもしれない。
だから大切なのは、「絶対に嫌われない人になること」ではなく、相手を尊重しながら、自分も無理をしすぎず、人との関係を築いていくことなのではないだろうか。
そして、その積み重ねが結果として「この人と一緒にいたい」「この人なら信頼できる」と思ってもらえることにつながるのではないかと思う。
会話の難しさ
このブログを読んでいる人の中には、「会話を難しいと思ったことがない」という人もいると思う。それと同時に、「人と話すことは難しい」と感じながら日々を過ごしている人もいるのではないだろうか。
では、この違いはどこから生まれるのだろう。
私は、その原因の一つはその人が置かれている環境にあるのではないかと思う。
ある場所では、人との会話が楽しく、コミュニケーションを苦に感じない。一方で、別の場所では、人との会話に疲弊し、時には「自分は人と話すのが下手なのではないか」と自信を失ってしまうこともある。
つまり、「自分は会話が苦手な人間だ」と思っていたとしても、それがその人自身の能力だけに原因があるとは限らないのではないだろうか。
私たちは、学校や職場などで関わるすべての人を自由に選べるわけではない。
そこには、自分と価値観が近い人もいれば、考え方、性格、ノリなどがまったく違う人もいる。
そして目には見えないお互いの価値観や感情、考え方の違いが、私たちを意気投合させることもあれば、反対にすれ違いや争いを生むこともあるのではないだろうか。
そう考えると、「会話が苦手=自分に問題がある」と単純に考える必要はないのかもしれない。
人間関係とは、自分一人だけで成立するものではない。自分と相手、そして二人が置かれている環境によって形作られていくものだからだ。
人から愛されるとは?
人から愛されるとは、いったい何なのだろうか。
私たちは、誰かから好かれたい、必要とされたい、愛されたいという気持ちを少なからず持っていると思う。しかし、それを手に入れることは決して簡単ではない。
なぜなら、「愛されたい」という願いそのものが、自分自身の欲求でもあるからだ。
人間には利他的な部分がある一方で、利己的な部分もある。誰かと一緒にいたいと思うとき、その人が自分を安心させてくれる、楽しい気持ちにしてくれる、自分を認めてくれるなど、何かしら自分にとって大切なものを与えてくれる存在だからこそ、惹かれているという側面もあるのではないだろうか。
そう考えると、「誰からも愛される人になる」というのは非常に難しい。
人によって求めるものも、価値観も、性格も違うからだ。ある人にとって魅力的な人が、別の人にとっても魅力的であるとは限らない。
だから、すべての人から愛されようとする必要はないのかもしれない。
むしろ大切なのは、誰からも愛されることではなく、自分が大切にしたい人を大切にし、その人からも大切にされる関係を築いていくことなのではないだろうか。
一人を楽しむ人たち
人間関係に悩む人が少なくないからこそ、あえて一人の時間を楽しもうとする人も多いのではないかと思う。
そして、一人の時間を楽しんでいるうちに、いつか自分のことを理解してくれ、一緒に時間を楽しめる人と出会うこともあるかもしれない。
人と関わることは楽しい反面、気を遣ったり、相手の言葉に傷ついたり、自分の発言を後悔したりすることもある。時には、他人からどう思われているのかを考えるだけで疲れてしまうこともあるだろう。
そのような経験を繰り返せば、「一人でいたほうが楽だ」と考えるようになるのも不思議ではない。
一人でいる時間には、誰かに合わせる必要がない。自分の好きなことをして、自分のペースで過ごすことができる。その意味では、一人の時間は人間関係によって疲れた心を休ませる大切な時間でもあると思う。
しかし、ここで興味深いのは、一人でいることを楽しむことと、人とのつながりを必要としないことは、必ずしも同じではないということだ。
一人の時間を大切にしながらも、誰かに理解されたい、誰かと楽しい時間を共有したいと思うこともある。
もしかすると大切なのは、「一人か、人といるか」のどちらかを選ぶことではなく、自分にとって心地よい人との距離を見つけることなのかもしれない。
まとめ
ここまで書いてきて、私自身にも新しい発見があり、人と関わっていくうえで大切にしたいマインドのようなものを、少しつかめた気がする。
これからも、「人との関わりとはどのようなものなのか」「正しい会話とは何なのか」「目の前の相手にどんな言葉をかければ喜んでもらえるのか」。そんな問いに悩みながら、私は生きていくのだと思う。
人との関わりに完璧な正解はないのかもしれない。それでも、相手のことを考え、自分の言葉や行動について悩み、より良い関係を築こうとする。その意識が自分自身の成長につながるのであれば、私はこれからも持ち続けたい。
もちろん、どれだけ相手を大切にしても、必ず愛されるとは限らない。どれだけ気をつけても、誰かに嫌われてしまうこともあるだろう。
それでも、人と関わることを完全に諦めるのではなく、一人でいる時間も大切にしながら、自分を理解してくれる人、自分も大切にしたいと思える人との関係を少しずつ築いていけばいいのではないだろうか。
人間関係に正解がないからこそ、私たちは悩み、考え、そして人との関わり方を学び続けていくのだと思う。



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